そんなこともありました

タグ:家族

新しいパソコンになったものの、ネットが急に繋がらなくなってしまい困りました。
原因は旦那がネット料金を滞納したせいでした…。

それは置いておいて、早いもので産休を頂いて1ヵ月ほど経ちました。
色々あったので、それをダイジェスト版でお送りいたします。


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もうね、色んなことが次々に起こって、仕事してた時より忙しいんじゃないのコレみたいなことが。
悪いこともたくさんあったんだけど、とにかく私が動ける状態の時に起こってくれて本当ーに良かった…。

そして、旦那と一緒に赤ちゃんの面倒見れるな~良かった~とずっと思っていたんですが、いつの間にか就職決まっていた…。万年ニートの旦那を無意識に当てにしていたです反省。
ブログ内のニートという紹介文を滅却せねば。

次回はこのダイジェスト版をもう少し細かく書いていきます。


閲覧ありがとうございました!
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こちらの日記の詳細です

ダイジェストしたクセに、詳細を語ってしまうという。
(備忘録ブログだからいいか…)
 

とりあえず父が入院した件ですが、まだそんなに病状を深刻に捉えていない頃、父は「風邪が治らない 、こんな長引くのは初めてだ」と不思議がっていました。
1日のうちで熱が急激に上がったり下がったりしていつまでも倦怠感が抜けない。病院を転々として風邪薬をもらうもどれもまったく効かず…。
そんな生活を1週間くらいしたんでしょうか、いよいよ具合が本格的におかしくなり、救急車で大きな病院に運ばれてしまいました。

母から連絡があり急いで病院に駆け付けましたが、知る限りで大病を患ったことのない人だったので、病院のベッドに寝ているのが本当に父だと思えませんでした。

父は今の今までロクに健康診断を受けてこなかったので、健康状態が不明でとにかく片っ端から色んな検査をする他ありませんでした。その時父は熱が40度近くあり、意識が朦朧とした中での検査だったので本当にしんどそうにしていました。あと車椅子に乗った父を初めて見ました…。

そして検査の結果、どうやら原因は肝臓にあるらしいことが分かりました。 


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お医者様に父の肝臓の輪切りを何枚も見せてもらう私。
素人目でも「これマズイんじゃ…」と思うような影が、大小合わせて10個近く見えました。
お医者様の説明を受けて、やはりその考えは杞憂なんかではなく、元凶そのものだということがわかりました。
ただ、それが単に膿なのか、もしくは悪いやつなのか…どっちかまではその病院ではわからないとのことで、父は外科医のいるまた違う大きな病院に移ることになりました。 

…話は逸れますが、父は昔社長をしていました。
なので、社員のモチベーションを上げるというのも一つのお仕事。と、いうことで元気の無い父や、弱音を吐いているところは産まれてこのかた見たことがなかったんですが…


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ポツリと父が何を思ったのかそう漏らしました。
私は動揺しつつ「そんなことないよ!」と言いました。正直そんなこと言うなんて、とビックリしてしまいました。

その日はもう遅く、その病院で待機しなければならなかったので、入院する部屋に連れて行かれました。
丁度夕飯時で、父の分も運ばれてきました。父は私を気遣ってか、食欲が無いであろうに目の前でご飯を食べてくれて「まじぃ~」とおどけてくれました。

翌日、搬送先ではとにかく待つのが私の役目でした。
病院で一人、モヤモヤしながら検査の結果が出るのを何時間も待ちました。
6時間程待って、ようやく名前が呼ばれ、若い先生からお話がありました。

「どうやら肝臓に膿が溜まってしまっているようです。原因はまだわかりませんが、入院して取り除いていきましょう」
私はその先生の答えが良いほうのもので心底安堵しました。
父の病気は治る。本当に嬉しかったです。その後その日初めて父の姿を見ることが出来ました。お互いヘトヘトではありましたが、ようやく入院の準備や手続きをスタートしました。
とても色々考えてしまった1日でした。

翌日は、父が厄年であることが判明したので代わりにお祓いに行きました。


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入院生活が始まり、長い時間がかかりましたが、病原体は確実に減っていきました。おかげで父も高熱で眠れない日が少なくなり、頭も冴えてきたようで色んな話をLINEでしてくれました。産まれてくるムスコの名前のこと、私の旦那の家族のこと…。
父は「病気になって良かった。ちゃんことお話いっぱい出来たからな」ととても前向きになっていました。ずっとベッドの上の生活なので筋肉がやせ細ってしまってはいましたが、少しずつ元の父に戻っていきました。

結局、膿の原因はどこにでも普通にいるような病原体らしく、たまたま父の免疫力が低下したため肝臓が膿だらけになってしまったということでした。

先日、父から「もしかすると早くて来週退院かもしれない」という嬉しい報告がありました。
父が入院している病院までは車で結構かかるので、今週末予定日を控えている私は行くに行けません。次に会えるのはムスコが産まれた時かな。その時は完全復活でお願いしたいです!

父の入院のお話は大体こんな感じでした。
そして思った以上に長くなってしまったので、一旦ここで区切ります。

続き:産休中ダイジェスト- 詳細2


閲覧ありがとうございました!

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こちらの続きです
⇒産休中ダイジェスト
⇒産休中ダイジェスト - 詳細1
産休を頂いて早1ヵ月… その間に起きた話パート2です。


突然ですが、ちゃんこには年のうんと離れた妹がいます。

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名前はゆっぺ。なでしこを夢見る根っからのサッカー少女です。
ゆっぺが産まれた時私はすでに一緒に暮らしていなかったため、一緒に過ごした時間というのは本当に短いのですが、会いに行けばとても喜んでくれる可愛い妹です。まあ表情が私同様そんなに変わったりしないため、喜んでいるのか分かりずらいのですが…。

父が熱心にゆっぺのためにサッカーが出来る環境を整えてあげているのですが、元々父はオタク系出身。まさかスポーツに打ち込む子が出来るなんて…と驚きつつ、ゆっぺが目標にしているなでしこの夢に心からBETしているのでした。

そんな中、突然父があんなことになってしまい、ゆっぺも折角足の故障が治ったばかりというのにサッカーに行けない日が続くこととなってしまい、ダブルでショックだったと思います。

いつも男勝りのサッパリした性格で、何かと空気の読める子(悟り世代なのか?)だったので、大人にも気を遣ってしまったのか弱音は一つも聞きませんでした。というのも、私は遠い家に住んでいるし身重、母は結構不安で泣いてしまうことが多く、多分甘えられないと思わせてしまったに違いありません。可哀想なことをしてしまいました。

それでやっぱり不安だったのか「ダルイ」と言って学校に行かなくなったり、風邪をひいてしまったりしていました。
けれどもLINEで話しかけると、嘘かホントか「ダイジョーブ!!」と、心配しないでというような返事がくるのでした。

そんなゆっぺは毎週サッカーの予定が入っていて、社会人の私より忙しいんじゃないか…?というような生活を送っていました。そしてその忙しいスケジュールをほとんど父がさばいていたので困ったことになってしまいました。
今週の頭にまずトレセンがありそれに行かなくてはならず、しかし母は仕事で残業せねばならず、そうなるともう動けるのが私しかいませんでした。ムスコがいつ産まれてくるか正直不安でしたが、妹のために何かしてあげないとと思い…腹は邪魔だが車のハンドルを握る覚悟を決めました。

しかしゆっぺの家まで1時間、トレセンのグラウンドまで1時間、練習は寒い中外で2時間、その後1時間かけて帰宅という感じで、考えただけで正直ドン引きのスケジュールではありました。
県外から来る子もいるので親って本当に凄いなと思いました。


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小学生のトレセンは平日に行われるため、学校が終わった後夜に開始でした。私は出来る限りの防寒をして観賞に挑みましたが、完全に格好が初心者丸出しでした。
慣れてる方達はスポーティーでいかにもサッカー!的なあったかそうなコートを皆身にまとっておりました。


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ほとんど初めてゆっぺのサッカーを観ました。
始め、ユニフォームに着替え終わった姿を確認しなかったため、どの子がゆっぺかわからずオロオロ… したのは一瞬で、豆つぶくらいなのに何故か「あの子かな…」と思いながら目で追っていたのが本当にゆっぺでした。

それからというもの、寒さを忘れて完全に見入ってしまいました。 ほんとにゆっぺしか見ていなかったのですが、とっても面白かったです。こういう時って、何故か他の子は目に入ってこないんですね。

実際ゆっぺはサッカーがとても上手いらしく、小5の時は6年のチームから声がかかり大きい子に交じってやったり、地元のサッカークラブから是非来て欲しいといきなり面識が無いのに電話がかかってくる感じのようです(そこのチームは弱いという理由で断ったようですが…)
※昔「このチームは弱いから辞める、もっと強くなりたいから」と、とあるチームから移動したこともありました。その話を聞いた時は、意思がしっかりしていて立派だなと思いました。
「それはいいけどその理由どうコーチに説明したらいいんだ…」と困ってしまった父には笑いましたが。

何にせよゆっぺは本番にとても強い子で、初めて観た私でも本当に何も心配せず、最後まで気持ちよく観賞出来ました。
たまにコーチに「そう、上手い!」とか「適応能力が早い!」などと褒められている場面もあり、そういう時は私もとても嬉しくなりました。

幸い、グラウンドからの帰りは旦那が駆け付けてくれて、無事ゆっぺを家に送り届けることが出来ました。
車の中でたくさんゆっぺの話を聞くことが出来て、これも嬉しかったです。 


そんなことがありましたがなんとかコチラも乗り切れました。
また長くなってしまったので一旦区切ります。
次は旦那が脱ニートしたお話です。



 
閲覧ありがとうございました!
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こちらの続きです
・産休中ダイジェスト
・産休中ダイジェスト - 詳細1
・産休中ダイジェスト - 詳細2
 産休を頂いて早1ヵ月… その間に起きた話パート3です。


父が倒れた後、続けざまに旦那のお母様まで入院してしまいました。
急に入院が決まったので当日は旦那に任せてしまいましたが、翌日私が病院に伺った時お母様はもう元気そうにしていました。
腸閉塞だったのですが、点滴をしてもらったらみるみる具合が良くなったそうで、お母様が「これ、ただの風邪だったんじゃないかなあ」と言うくらいケロッとされてました。


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その日、旦那がお母様に頼まれて入院の荷物を持って行ってあげたのですが、何故かどう見てもゴミ袋っぽいものに雑に詰めて持って行ったので、お母様は感謝しつつも旦那に何でこんなので持ってくるのと怒り、怒られた旦那のほうは、思いやりの気持ちで詰めた荷物も「こんなのいらない」と言われたせいでムッとしていました。
そんな二人のやり取りを見てアセアセしましたが、後で旦那に「ごめんね変なとこ見せて…」と謝られました。

というか、ゴミ袋っぽいものは家で一旦止めたのですが「別にいいよー」と言われてしまい「そうなのか…?」と思いつつそのままにしてしまいましたが、普通にみっとがないですよね…。入れ替えてあげれば良かったな。

今回お母様に何もしてあげれなくて申し訳なさすぎて、これを機に2世帯なんてどうかなと思い旦那に提案してみましたが、長考された上で拒否されました。そんな簡単なものじゃないかー。



そしていよいよ15日。
旦那は久しぶりの社会復帰でした。

 
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~出勤日前日~

私「明日何時に起きる?」
旦那「5時!」
私「え、早い。会社8時30分からでしょ?」 
旦那「初日は何が起こるかわからないから、
いつも早く起きるんだ!」 


ニート生活が長かったのに、しっかりしているじゃないか…。
私は感心してしまいました。 

そして翌朝5時ピッタリに起床し、朝ご飯も食べ準備万端!


 
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私「時間ばっちりだね!いってらっしゃ~い」
旦那「いってきま~す!」
 

・・・



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ズコー!!

なんということでしょう。
旦那はニート生活が長すぎて「通勤ラッシュ」という概念を忘れてしまっていたのでした。
そして普通に走った場合での時間を割り出して出発してしまったのでした…。 
もうドンマイとしか言いようがないし、起こってしまったことは仕方ないから… マジで次回からは気をつけてくれ…。


そう願いつつ次の日


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私「…今日は大丈夫だね」
旦那「うん!大丈夫!いってきま~す!」 
私「はい、いってらっ… あ、そうだ
ごめんだけど今日のお昼はお弁当買ってね~」
旦那「は~い」 


・・・



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ほんとキミ
すごいな


旦那といるとたまにこういう信じられないことが起きるのですが、そういう時私は「…………ッッッ!!!!!」っていう感じになります。信じられなすぎて、色んな感情がすごい勢いで交差したりして。そう、何でそうなるの?っていう気持ちが一番大きいんですけど。

とにかくその日はまだ2日目… 覚えることも山程ある中カロリーが摂取出来ず戦えるだろうか否無理であろう!と答えを出し、弁当を作り持って行ってあげました。

そりゃあ私も少し前まで社会人でしたので、「自業自得だししょうがなくね?そういえばカバンの中にカルディで買ったショカコーラ入ってるし大丈夫じゃね!」と少々揺れましたが…。自販機で喉も潤せないそんな世の中じゃあと思いまして… 武士の情け的な。


そんな驚きの2日間でしたので、3日目もヤバイんじゃないかとヒヤヒヤしましたが、意外にも何もありませんでした。
そして今日で一週間、無事に乗り切ることが出来ました。 終わり良ければ全て良し!
ということですごく長くなってしまいましたが、最近の出来事のまとめは以上になります。

旦那様!これからもお仕事頑張ってね~! 



閲覧ありがとうございました!
thx

 
 

1
 
ムスコを実母に預けて旦那とデートに行って来ました。
2人でお出かけとかムスコが産まれる前以来だから、かなり久しぶり。



2

約3時間くらいでしたが、買い物したり大好きなラーメンを食べたり…。
かなりリフレッシュ出来た気分。 



3

母親は子供の側を離れるのが苦手ってどっかの雑誌に書いてありましたが、私はこれが当てはまるほうで、ムスコと離れるととても寂しくて心細くなってしまいます。

実母にムスコを預けたのは初めてじゃなかったけど、やっぱり今回も寂しくてちょっぴり涙目になる時が…。



4

旦那といっぱい喋れてとても楽しかった。
ムスコがいないとこんなに会話内容が違うんだなーと驚いたり、自分はこんなこと考えていたのかとか気付きがあったり…。
短い時間でしたが充実した時を過ごすことが出来ました。


私が産休に入る前、会社の社長が「子供がいても、どんなに忙しくても、夫婦間のコミュニケーションの時間は絶対に取りなさい」と教えてくれました。会話内容は出来ればお互いのことについて。自宅じゃなくて、場所を変えると尚良。

これを怠ると、子供が巣立った後、子供のこと以外にパートナーと何を喋ったらいいかわからない、お互いにまったく違う老後を思い描いていて一緒にいられなくなった、いつの間にか相手に興味感心が無くなっていた、なんてことが起こりうるんだそうです。
そんなの嫌ですよね。
 
大体月1程度でお話するといいらしいです。
人間考えが変わることがあるので、こまめに確認を取るのが良いんだそうです。



閲覧ありがとうございました!

 
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